R.I.P. Jimmy “The Rev” Sullivan, #foREVer

アメリカから一報が入ってきたのは、日本時間では、29日の朝のことでした。
もう6年が経つのですが、今でも、あの衝撃は忘れられません。

theRev1

ジミー・”ザ・レヴ”・サリヴァンの死から、6年。
バンドは今、新しいアルバム作り中。
彼の遺産が、ステージ上に、音楽の中に、生きていることが嬉しいです。

Loudwire誌でジミーとバンドの足跡をざっと辿った記事がありましたので、ざっくりと訳しています。ぜひ。(誕生日が2月10日と間違っているところは、原文のままにしています。本当は2月9日!)
原文はこちら:6 Years Ago: Jimmy ‘The Rev’ Sullivan Passes Away

6年前:ジミー・”ザ・レヴ”・サリヴァン逝く
「とても悲しく辛いけれども、今日、ジミー・”ザ・レヴ”・サリヴァンが亡くなったことをみんなに伝えたい」と、2009年12月28日、アヴェンジド・セヴンフォールドの遺されたメンバーたちはバンドのウェブサイトに投稿した。「ジミーは、世界で最高のドラマーの中の一人だったし、もっと重要なことに、俺たちの親友で兄弟だった」と文章は続く。
2010年6月9日、カリフォルニア州オレンジ郡の検死局は、ローリングストーンズ誌に対し、サリヴァンが事故性の処方薬とアルコールの過剰摂取により亡くなったとした。ミッチェル・シーガル検死官が行った毒物検査により、サリヴァンは「オキシコドン、オキシモルフォン、ジアゼパム/ノルジアゼパムとエタノールの複合的な影響により、急性多種類薬剤中毒」に陥ったことが明らかになったのだ。

サリヴァンは1981年2月10日に生まれた。10歳からドラムのレッスンに通い始め、すぐに天性の才覚を表した。一年が経たないうちに、サリヴァンは、ドラム教師が率いるカレッジ・パーカッション・アンサンブルのトップ・パフォーマーの一人となる。サリヴァンはジャズやプログレッシブロックを含むあらゆる技術とスタイルを楽しんだが、好んだスタイルはメタルで、十代前半に、スレイヤー、メタリカ、そしてパンテラにおける打楽器の力を発見した。同時に、ガンズ・アンド・ローゼズやモトリー・クルーといった、メインストリーム寄りのバンドの派手な演奏も楽しみ、それら全てを組み合わせ、自身の多面的なパフォーマンスを作り上げていった。

「彼は、情熱と心とたくさんの魂を込めて演奏する、真に完成されたドラマーだった」とパンテラやヘルイェーのドラマーヴィニー・ポールは語る。「ザ・レヴは、ここ最近の中では、最も創造的なドラマーたちの一人だった。原始的な教えを音楽に注ぎ込むから、音楽がとても挑戦的で危険なものになっていた」

1999年に高校を卒業したサリヴァンは、ステージ上で技術を伴う演奏を披露することにし、ヴォーカリストのM.シャドウズ、ギタリストのシニスター・ゲイツとザッキー・ヴェンジェンス、ベーシストのマット・ウェントと共に、アヴェンジド・セヴンフォールドを結成した。当初はギグを組むのにも、視野の狭いオレンジ郡のシーンに受け入れてもらうのにも苦労したものの、アヴェンジド・セヴンフォールドは、時間を無駄にせずにオリジナルの楽曲を書いて録音した。デビューEPの「ウォームネス・オン・ザ・ソウル」を2001年に発表し、一年後に、初のフルアルバムとなる「サウンディング・ザ・セブンス・トランペット」をリリース。このデビューアルバムは、カリフォルニアの勃興期にあったメタルコア・シーンにおいて、極めて重要な作品となった。

ゆっくりと、バンドはファンベースを拡げ、2003年に発表した「ウェイキング・ザ・フォールン」を携えてツアーを行う頃には、アヴェンジド・セヴンフォールドには、忠誠心の高いファンがついていた。この年のワープト・ツアーに出た後、ファンベースは更に拡がることになる。
「彼らは、新しいバンドだった」とワープトの創始者ケヴィン・ライマンは語る。「まだ、代表作を作っていなかった。でも、私は、彼らが成功すると知っていた。ツアーにスモークマシーンを持ってきたんだ。昼間の野外のショウにスモークマシーンを持ってくるやつなら誰だって、そいつらが使命を抱えていて、何があろうと止まらないってことが明白だろう?」

アヴェンジド・セヴンフォールドの商業的な躍進は、2005年の「シティ・オブ・イーブル」と共にやってきた。アルバムは「ザ・ブラック・アルバム」時代のメタリカのリフとパンテラのダブルバスの雷鳴に、ガンズ・アンド・ローゼズに強く影響されたよりメインストリームのアプローチを混ぜ合わせて作られていた。他のバンドメイト同様、サリヴァンは、彼らしく、才能と正確さと力強さをもって、ドラムを叩いていた。

「ジミーはまさにドラムを叩くために生まれたんだ」とブレット・フォー・マイ・ヴァレンタインのヴォーカリスト、マット・タックは言う。「彼は情熱と熱心さを子供の頃から持っていて、だからこそ、素晴らしいドラマーになったんだ。それに、会う人全員を、大きく大きく愛していた。飲みに行くとするだろう、彼はいつも君を捕まえて、ハグしてキスして、どれだけ君の事を愛してるか、伝えてくるんだ。ジミーは、地球上にどれだけの間留まるかはともかくとして、生きることに対して、莫大な情熱をかけていた。ジミーの人生は、劇的に短く切り取られてしまった、けれども、安心してほしい、地上にいた間、ジミーはとても楽しんだんだ」
サリヴァンを悼む時期を経て、アヴェンジド・セヴンフォールドは、五枚目のアルバム「ナイトメア」のために、サリヴァンのお気に入りのドラマーの一人、ドリーム・シアターのマイク・ポートノイを雇ったのだった。

R.I.P., Rev.
So glad your legacy still lives on stage and in music.
Till we see you up there, keep rocking!
We love you!

Heather

そして、相変わらずの使いまわしですが、2010年の特集をどうぞ。

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